苦境を打破し、未来を展望-台湾は如何にして世界の変化に対応すべきか

李登輝

  西暦二〇〇〇年以来、台湾の経済発展は国内政治の不安定と二〇〇八年十月に、突然起きた地球規模の景気後退の未曾有の困難と危機に襲われています。新政府の能力と判断、策略決定力量の不足は台湾の人民をしてますます五里霧中に陥れています。如何にして現在の困難を突破して新しい方向を探し出すかが、今、大衆の専らの関心事であります。そこで、私は今日、「苦境を打破し、未来を展望」と言う題目で、四つの問題と解決方案を提起し、皆様と一緒に考えてみたいと思います。

  まず第一に世界金融のショックと、需要の大幅減退下に於ける台湾。
  第二に台湾経済の挑戦と機会。
  第三に失業と貧富差の拡大問題。
  第四に産業構造の再調整です。

一.世界金融のショックと需要の大幅減退下に於ける台湾
 
  この度の地球規模での景気後退は、異例であるばかりでなく、注意を払わなければならない特徴が存在しています。

  異例である点について言えば、以前は世界経済の一部が景気後退に見舞われても、他の地域は安全が保たれておりましたが、今回は、それが世界規模で起こっており、中国やインドの経済成長でさえ、これを支えきれないでおります。
 
  今回の景気後退は、突然発生したことが最も注目に値します。二〇〇八年十月以降、特に、その半年間の急激な需要減退は、実に衝撃的で恐ろしい時期でした。今回の景気後退を予測し難いものにしたのは、企業と金融界は過去十年間、多くの面で、より開放的であり、透明性を増したものの、ヘッジファンドや投資銀行などによる闇の銀行システムが保有する負債と債権が崩壊したことによって、突然大打撃を受けたのです。国際的金融統制を預かるIMFが、全くその機能を失い、欧米や日本政府が大掛かりで、前例を見ない施策をとって、一時的に状態が納まったように見えましたが、今後も想定外のことが起こる可能性が存在しています。このような状態の下で、台湾はいかなる対策を採るべきかを検討しなければなりません。

(1)台湾は対外依存度が高いため、欧米の景気後退による打撃に注意しなければならない

  上述した様に欧米各国政府は前例を見ないほどの態勢で、金融危機を迅速に対処したとは言え、一部透明さを欠く金融界では、今後も想定外の出来事が起こる可能性も充分にあります。また。失業者の増加、金融システムの救済による納税者の大きな負担、公的負債の増加に対する社会的、政治的な反応が変化して、世界需要の更なる減退は必然的であると見られます。
 
  台湾の中央銀行が今年一月に発表した「台湾経済情勢の回顧と展望」の報告によれば、二〇〇九年の経済成長率は二〇〇八年の0.73%からマイナス2.53%に減退しています。そのうち、第4四半期の6.89%という未確定的な統計数字によって、全年でマイナス2.53%になっていますが、第1四半期から第3四半期だけの平均ではマイナス5.76%となっています。輸出入の激減が主で、国内需要は、これに次いで減少しています。

  また新政府は、二〇〇九年十二月、及び二〇一〇年の台湾経済成長率を強く香港、中国に依存する政策をとっており、これにより、国内経済は暫時的に回復したとしても、経済発展の動態的能力は強くはなりません。輸出の促進は多方面の努力が必要であります。為替率の適正、インフレ傾向の促進、国内投資の努力など、非常に重要な措置があると思います。

(2)海外、国内の金融規制が酷く落伍している

  金融危機の根本は国際金融に端を発している。

  闇の銀行システムが、欧米の金融機関の不正行動によって、多くの複雑なデリバティヴ関連商品を作り、不良債権に高利息をつけて、開発途上国の資金を吸い上げているのです。低利率を維持している台湾では、金融機関が大規模な「理専」と言う職員を使って、欧米の債権の売り上げで収益を上げており、これら不正常な金融操作にリスクが集まっている事実は、規制当局者、IMFや金融機関自身でも大規模に隠蔽されています。
   
  台湾では、こう言ったずさんな金融政策に対して、極端に安価な信用供与を行い、税制上の欠陥と金融機関のリスキな行為を調整せず、銀行の合併を促進する金融改革が行われてきたのです。

  台湾は小型の開放経済に属し、大海を航行する小船のように、自主的な経済金融を保持することはありませんでした。

(3)自由化と地球化は適切な規制が必要であり、放任主義であってはならない

  一般的に金融の自由化と貿易の自由化は経済的に有利であると多くの人が認めています。過度に経済有利であると認める過ちは、資金、商品、人員の国家間の移動に於いて、難易の程度が異なることによるのです。目下、台湾経済における二大危機は、中国に対する過度の依頼とエネルギーへの過度の依頼です。政府はこれに対する有効な対策を持たず、逆に自由化を放任と曲解し、すべて関与すべきでないと考えています。その結果、政府は台湾商人の中国投資に対しては、ただ個別会社の要求に基づいて、その開放の声を聞いて、開放後に起こる社会的なマイナスの衝撃を考えていません。

  金融グローバライゼーションに対しても同じく、ただ放任と金融機関の合併を奨励するだけで、金融の監理、規約の修正などが重要であることを強調していません。

  若し、政府が依然としてこの様な簡易な自由市場を考慮して、商人を放任し、人民には開放後における社会的悪効果を負担せよと強調したら、人民の支持と承認を得ることは非常に難しいことになると思います。

(4)施政目標は絶えず機会とリスクの間にバランスを求めるべきである

  グローバル化に於いて、商品、資金及び技術の国家間移動が自由になり、政治障害が除かれた後、商品市場は、もはや政府地域の制限を受けず、各主要市場が、逐次単一市場に整合される可能性もあります。然し、グローバル化は、これによって、大多数の人間が自由に国家を選択することはないでしょう。

  大多数の国民の経済活動は、やはり国家の領土内で行われるものです。ですから、国際的に自由に移動出来る資源の所有者から言えば、グローバル化は一種の機会でしょう。しかし、その他の人民にとって、それはリスクと脅威でしかありません。政府の施政目標は、必ずこの両者を考慮し、バランスのとれた状態を維持すべきであると思います。

二、台湾経済の挑戦と機会
 
  七〇年代のエネルギー危機が終了した後、欧州先進国は、国家経済の自主性が国全体の発展にとって重要であることに気付き、国家の生存と発展の経済優位性は、その国の所有する技術と資源の開発、管理と分配能力に依頼するものであることが明白になりました。

(1)経済自主性を高めること

  上述した台湾経済の二大危機 ― 即ち過度の中国依存と過度のエネルギー輸入は、経済自主性を軽視した結果によるものです。政府は必ずエネルギーの自給度を高め、内需産業の発展を促進することによって、将来におけるエネルギー不足の危機を避けると同時に、国際景気後退が台湾の経済に与える衝撃を避けなければなりません。

(2)革新によって経済発展を促進すること

  台湾の人民は過去の経済発展過程に於いて、常に未来を展望し、国を超える技術移転と国際競争に対しては、絶えず各製品の革新に注意し、商業的機会と発展の潜在性を洞察し、機会を見失わず、新しい市場の開拓を行って、製品の競争能力を高めて来ました。

  革新は台湾経済発展の原動力であり、企業家は革新によって利潤を獲得することが出来ます。全体的経済の発展は、これら企業家の、不断なる革新の創造的破壊過程と言えるでしょう。革新によって、現在の技術と製品が取り替えられ、発展によって、ある程度成熟に達した産業が、若し革新されなければ、やがて斜陽産業として取り残されるでしょう。

  市場の需要が増加することにより、初めて革新の機会が得られ、企業はそれに誘発され、研究開発に身を投じ、成熟した産業が新しい別の発展期に邁進できるのです。経済体系内の如何なる産業も、発展期と成熟期が異なります。そのため、如何なる時期にも、ある産業は発展期にあり、ある産業は成熟期にあり、発展と成熟は交錯して存在し、革新は不断に起こり、経済の発展を促すのです。

(3)中小企業の革新的努力によって、台湾経済は奇跡的な発展を遂げることが出来た

  過去における台湾経済発展の重要な要因は、中小企業の貢献が強く寄与しています。中小企業は機会を旨く捕らえては、国際貿易を利用し、海外からの技術移転によって、国際社会に肯定される台湾経済奇跡をつくり上げました。六〇年代、政府は外国人の台湾への投資に有利な奨励を提供し、その上、高い素質の労働力を供給して、少なからざる先進国家の企業を誘致、または労働集約的な製品を購入しました。これによって、台湾の企業は先進的な生産技術と管理技術を習得し、又、多くの台湾の優秀人材が育ったのです。これらの技術を習得した者は、後に自ら創業して外資企業の必要とする部品や外国商人の必要とする製品を生産し始めました。多くの中小企業は、一回目の注文を受注すると、国際市場に進出する機会を得、外国商人のOEM工場となりました。

  台湾中小企業の供給する、品質の高い、廉価な製品や部品は、又、更に多くの外国商人を引きつけ、台湾に投資、工場設置、そして製品の購入を行ったのです。

(4)後進国に進出して、本国での過去の成功経験を生かすことは、悪性価格競争に陥るだけである

  台湾は、一九八〇年代の後期に至り、成熟期に達した一部の産業が、革新と研究発展を忘れ、又、国内の労働賃金上昇の影響を受けて、生産コストを下げる為に、東南アジアや中国に進出しました。この様な後進地域に進出して、台湾での成功経験を創ろうとした策略は、個別企業にとってリスクの最も少ない方法ではありましたが、学習する方法がなく、摸倣的競争の結果、最後は悪性の価格競争に陥り、なんらの利潤を得ることが出来ず、止むなく閉鎖、或いは移動せざるを得ない状態になりました。

  私は台湾の中小企業経営者が、過去の様に精神を打ち込んで、製品の品質を引き上げ、新しい挑戦に相対して、更に発展過程における革新の重要性に注意すべきであると思います。

(5)政府は中小企業の革新と転換に協力すべきである

  台湾経済の将来が継続的に発展するか否かは、一に上述の革新的能力の継続的発揮如何にかかっています。現在の政府は、台湾に留まって転換したい、或は革新したい中小企業の投資やコストの引き下げに充分な協力を与えていません。又、補充的外国人労働者の申請や環境法規の執行も厳格且つ煩雑であり、これらは皆、中小企業の核心的意志に打撃を与えています。中小企業が獲得する生産値は、大企業に比べて決して大きくはありません。但し、中小企業は社会の雇用機会を創出し、又、維持する最も重要な柱でとなっております。政府が若し中小企業の存在を無視したとなると、社会の失業率はますます高くなることを忘れてはならないと私は思います。

三.失業問題を解決し、貧富の格差を縮小すること
 
  失業と貧富の差の拡大は、目下、台湾の中産階級以下の人民の大きな苦痛の種となっております。

(1)中下層の所得が継続的にマイナス成長にあることは、階級対立を刺激し、同時に民主制度に衝撃を与えるものである
 
  過去七年間、台湾の平均GDPは四%を超えて成長して来ましたが、未だ大多数の家庭の所有になっていません。最低所得の二十%の家庭で、その支配できる収入は、平均マイナス〇.四七%という状態で成長し、次の低所得二十%の家庭の収入は、年平均マイナス〇.一六%程度で、共に殆ど増加しておりません。台湾の多くの家庭は、将来における雇用機会と所得収入の成長に強い不安を抱いています。新しい雇用機会が増加せず、又、現在の雇用機会が大量に流失しているのをみて、自己の前途に深い憂いを持ち始めているのです。所得収入が増加出来ない状況は、少なからざる家庭の経済地位の持続的悪化を来たし、充分に経済発展の成果を享受出来ないことで、大多数の人民はグローバル化に対して、かなりの疑問を抱いています。

  政府が若し即刻、この様な家庭経済地位の持続的悪化を解決出来ないならば、他国の経験をみても分かる様に、これら中下層の人民は、階級的対立や現有政治体制の転覆に奮闘することになるでしょう。これらの人民は、民主制度が彼等に公平正義、或は機会均等を与えられないならば、民主制度に対してさえ、自信喪失という結果を生み出すかも知れません。

(2)両岸の経済貿易に対し、有効な管理が出来ない上での大量資金の海外投資は、国内投資に強く影響を及ぼす

  失業と実質所得の停滞が継続的に悪化した原因は、多くの台湾企業が、過度にコスト引き下げに気をとられ、産業の海外移転策略を強調して、革新の重要性を忘れた事にも拠りますが、過去八年間、民進党政府が、両岸の経済貿易の管理を怠った責任は問われるべきことであります。その結果、台湾企業が行った中国投資は、台湾のGDPにおける比率が一九九九年の〇.五%から、二〇〇七年には一挙に上昇して二.六%に達しています。新政府成立後もまた、積極的に問題を解決せず、企業の中国進出を放任し、二〇〇九年第三四半期、株式市場に上場している会社の中国への移転金額は、五百二十二億元に達し、上半期の移転金額を超える状態にあります。資金の持続的外への移行の結果、国内投資の投資率はほとんど上がらず、雇用機会の海外移出が多く、新しい雇用機会も国内投資の減少で伸び悩み、先進諸国への投資も不足の為、所得収入は自然増加出来ず、将来の家庭所得の格差は拡大するばかりです。

(3)家庭の所得収入の増加を促進することが、財政政策の主要な任務である

  目下、台湾の経済問題は、経済が成長しないことではなく、近年来、家庭の所得収入が減退状態にあることがその理由となっています。新政府は、如何にしてGDP成長を多くの家庭の所得収入の増加に転化するかを財政政策の緊急目標とすべきです。家庭所得収入の成長が経済成長と同一歩調で進まないことは、世界的な普遍現象ではありますが、台湾と中国の経貿関係が過度に密接になった為に、この様な現象が特に深刻化しているのです。

四.台湾の産業構造を調整すべきである

  グローバル経済の迅速な発展に伴い、世界の気候も顕著な変化を示して来ています。最大の要因は人為的な温室効果による気体の過度排出です。国際エネルギー機関、IEAの統計によれば、一九九〇年から二〇〇三年の間に、世界各国から排出された二酸化炭素の増加量は、台湾が第八位にランクインしています。但し、二酸化炭素排出の年増加率では、台湾は世界のトップに挙げられています。二〇〇五年の別の統計によれば、台湾のエネルギー高消費産業(例えば鋼鉄、石油化学、製紙及びセメント工業)が、三分の一以上のエネルギーを使用していて、GDPの産出量は三分の一にも満たない状態にあります。これは明らかに、台湾の産業構造を調整しなければ、世界の気候の変化に対応出来ない事情を招くことになります。

(1)新しい雇用機会を創出し、一途に雇用機会の増加を追求する政策に変えるべきである
 
  ドイツ政府は二〇〇七年、既に全世界の気候の変化に対応する第三次工業革命を定め、産業構造の調整を通して、エネルギー消耗の減少に努め、再生エネルギーの発展を進めて、二酸化炭素の排出量を減少する政策を採用しております。ドイツは更に経済発展の目標を成長率の追求から雇用機会の創出に改めました。

(2)気候変化に応じたエネルギー産業の発展によって、永続的経済発展に邁進すべきである
 
  台湾は、正に先進国家の系列に入る時機にある為、エネルギー産業を確立すべき挑戦を避けては通れません。新政府はこの機会を借りて、産業構造の調整を行い、エネルギーの消耗を減らし、再生及びエネルギー代替品を開発して、より多くの雇用機会をつくり、エネルギーの海外依存を減らすべきであると思います。先進国家の成功実例を引用して、生産面からエネルギーの消耗を減らし、二酸化炭素排出を避ける事は、台湾をして「永続的発展」を重視する国家に成長させるに違いありません。