李登輝先生蒞臨日本李登輝學校台灣研修團第十期結業式致詞稿
-台湾の民主に内外から迫る危機を乗り越え-
二○○八年十月十三日
李登輝学校のみなさん!ご苦労様でした。
この四日間のために李登輝学校は、台湾の歴史を主体に、メディアの現状、国際法的地位、先住民の歴史から日台中の経済発展、日台関係の発展、及び台湾と日本の安全保障上の関係など広範囲にわたるカリキュラムを準備しました。更に台湾で一、二を争う優秀な講師陣による講義だった訳ですから、皆さんにとって、実りある大きな収穫があったと思います。今回の各講義により、皆さんが台湾をより深く認識し、台湾と日本の関係を、よりはっきり了解して下さることを期しております。
私は今日、この場をお借りして、皆様と現在台湾の民主が内外で直面している危機と挑戦について考えてみたいと思います。
●台湾の民主が直面する内外の危機
一九九六年から二○○四年間での間、三回の総統直接選挙が行われ、台湾の民主は当然のことながら強化される時期に入るはずでした。しかし残念なことに二〇〇四年の選挙以降 は、強化されなかったばかりか、逆に後退の危機にまで見舞われたのでした。
世界第三波の民主化を研究する専門家であるハンチントン教授は「第三の波として民主化を遂げた国における民主の強化は、つねに四大挑戦に直面する」と語っています。
その一つ目は、民主化過程における参与者の造反。
二つ目は、明らかに反民主的なイデオロギーの政党や政治運動の選挙における勝利。
三つ目は、行政部門の権力壟断。これは民選首長が権力を一身に集め、立法部門の監督を回避し、行政命令で統治を進めるといった事態にも及ぶ。
四つ目は、政府が人民の政治権と自由権を剥奪すること。
今日、私たちはこの四つの大きな民主化の挑戦を考え、深い反省を行い、台湾の民主化の病理を総体的に検討しなければなりません。
●民主の強化には国家のアイデンティティ問題が存在する
今年の立法院と総統の二大選挙では中国国民党が勝利を収め、多くの人々が馬政府政と中国国民党が「全面的な執政、全面的な責任負担」を行い、台湾の民主を前進させることを期待しました。しかし残念ながらその願いどおりには行かず、馬政府はこの四ヶ月来、中国への傾斜を加速させています。直行チャーター便や観光客の来台のため、まったく存在していない「九二年コンセンサス」を承認し、台湾をひたすら「一つの中国」の渦の中に巻き込ませています。そして馬政府の「経済は中国に依存する」との総体的政策は、台湾の経済民生を救うことができないことを証明しているばかりか、さらには台湾を中国の「経済を以って統一を促進する」という策略の磁力から抜け出せなくさせています。
台湾の民主強化は一貫して国家のアイデンティティ問題に繋がっています。これはまた世界の第三の波として民主化した国家のなかで稀なケースです。今のように両岸の統一促進の策士は、明らかに今後の四年間、さらには八年間を積極的に利用し、覆すことのできない統一発展の趨勢を形成しようとしています。眼前の馬政府は政治的な措置であれ、経済的な措置であれ、すべてを終極統一という目標に向かわせており、選挙期間中に行った「台湾の前途は必ず二千三百万の台湾人民によって決められなければならない」との承諾などまったく無視しているのです。
●台湾が主権独立国家であることの否定は許されない
皆様、台湾は一つの「主権独立」の国家であり、一つの「主権在民」の国家です。台湾と中国との関係について私は、一九九九年当時に話したとおり、一九九一年に憲法修正を行って以来、両岸は国と国の関係に定まり、少なくとも「特殊な国と国との関係」となりました。決して「一つの中国」という内部的な関係ではないのです。ところが今の政府は何と自ら主権を放棄するように、両岸関係は一種の特別な関係で、国と国との関係ではないと宣言しました。こうした対外的な自己否定は主権独立国家の行為とはいえません。これは国家を裏切り、人民の付託を超越してしまうものです。
● 主権在民、政府にあらず
中国の傾斜を拒むには鳥籠の中の公民投票法を修正するべき
皆様、台湾人民は馬英九氏を選出しましたが、これは決して彼に台湾の「主権放棄」の権限を与えたことを意味していません。ましてや中国の一部にさせることなど許したわけではないのです。違うでしょうか。
もし馬英九氏が今日、多数の有権者が自分を支持しているからとして、九二年コンセンサスを承認していい、台湾の主権的地位を変更していいと考えているとしたら、皆様は断じてこのようなおかしな考えを認めてはなりません。有権者はまったくこのようなことを彼に許したわけではないのです。
「主権在民」です。その権力は私たちに千三百万の台湾人民の手中にあるものです。もし本当にそのようにしたいのであれば、公民投票を行い、人民に自分の前途を決定させるべきです。もちろんその前に行うべきは、いわゆる「鳥籠の公民投票法」を必ず修正し、ハードルを低くしなければなりません。それとともに今のような立法院や政党を主体とするものではなく、人民を主体とするものに変えなくてはなりません。
●国共両党に台湾の前途の勝手な授受を許してはならない
それから忘れてはならないのは、台湾の主権問題は国際問題であり、台湾海峡の現状は片方が一方的に変更してはならないということです。国共両党がドアを閉め、台湾の前途について協議し、それで天を欺くことができるなどと考えてはいけません。国共が協議を達成し、台湾海峡の現状を一方的に変更しても、台湾海峡の情勢に利害を持つのは両岸だけではありません。周辺諸国も同じなのです。だから絶対に国共両党の勝手な授受を許すことはできません。馬政府は中国に傾斜し、米国、日本などの国が次々と警告を発しています。このような外在の制約要素を、台湾に有利になるように運用しなければなりません。
●民主参与者の腐敗、「愛台湾」はスローガンに堕した
そのほか、最近ある政治家の海外送金事件が発覚し、それがどう不法であるかは、司法の判断が待たれています。しかしそこで暴露された民主化過程での参与者本人腐敗、一部支援者が是非を論じなかったり、再三弁護をしていることは、台湾の民主強化に関心のある人にとっては重視に値することです。馬政府と中国国民党の行いは、台湾民主陣営に対する外部の脅威です。しかし民主参与者本人の腐敗と、それに垂れ下がる集団の腐敗は、台湾民主陣営の心腹内の禍です。そして危険性の上では、内部の禍は外部の脅威より小さいとはいえません。
皆様、私たちの台湾への願望、民主への願望は、社会正義に対する堅い姿勢から来るものです。そうでなければこれほど小さな台湾は、何に依って立つのでしょうか。民主参与者に社会正義がないままで、社会正義のない反民主陣営に勝てるでしょうか。台湾は社会正義がないままで、社会正義のない中国覇権主義に勝てるでしょうか。
●社会正義を行う「台湾本土」、超越した「新時代の台湾人」を追及
長年にわたって台湾の民主運動は、民主、自由、人権という価値観を標榜し、社会正義をその根本的な哲学の基礎においてきました。ハンチントンは民主の基礎を論じる際、神学者ニーバーの「人類は正義を実践する能力を備えているため、民主を可能にすることができる」との言葉を引用していましたが、人類には正義に反する傾向になかで、民主を必須とすることもあるのです。民主の最大の敵は反社会正義です。そのため台湾の民主に未来で、最も憂慮しなければならないのはブルー陣営とグリーン陣営に対立ではなく、社会正義が行なわれているかどうかなのです。ブルーで反社会正義なら悪で、グリーンで反社会正義ならやはり悪です。いわゆる「台湾本土」は特定の血統や地域の人の総称ではありません。そのようなものを超越した台湾へのアイデンティティ、社会正義への尊崇、清廉自律、土地をいと惜しむことのすべてを備えていることを指すのです。
そして私はかつて「新時代の台湾人は内在から更新を進め、新しい生命の内包を以って一切の価値観の価値転換を実践しなければならない。どのように『新時代の台湾人』と呼ぶか。今この問題を語るにあたり、さらに現実的な意義を加えたい」として次の三点を挙げました。
一、つ目は判断力です。愛台湾をスローガンだけにしてはなりませんし、煽情して政治動員を行なう道具にしてもなりません。私たちは理性で是非を判断し、台湾を良質の民主国家にしなければなりません。
二、つ目は道徳力です。民主事業の挫折は、外在の挑戦によるものだけではありません。さらに民主陣営自身の弊害を反省しなければなりません。台湾は小国ですので、道徳的密度を高めなければ、利益誘導の国際社会でそびえ立つことができません。
三つ目は超越力です。台湾人民は時空の制限を超越する意志と創意を持つことが重要です。それをもって台湾の特殊な存在経験は人類全体の文明資産を消耗するのではなく豊富にしていることをアピールしなければなりません。
●自己統治能力を備える現代的公民になれ
今日、私たち台湾の二千三百万人の眼前に横たわっているものには、いかに生存するかの問題だけでなく、さらに重要なものとしていかに超越するかの問題があります。私たちは台湾が正常な国家になることに圧力を加える外在的脅威を超越しなければなりません。そしてまた歴史がもたらした漂流意識を超越し、低道徳基準で自己を甘やかす陋習を超越しなければなりません。このようにして初めて、台湾人民にはチャンスが訪れ、アジアの孤児の運命から抜け出し、自己統治能力を備える現代的な公民になることができるのです。
皆様、過去の二十数年間において、人々の心は台湾の民主を推し進め、その成果は小さなものではありません。しかし今日の歴史は私たちに新しい課題を提示しています。台湾の民主に対する内外の危機はすでに目の前に迫っており、さらに向上する力で挑戦を克服しなければなりません。皆で「同じ心で提携」し、引き続き努力して行こうではありませんか。
皆さん!また台湾に来てください。台湾のこの友達は、永遠に皆さんを歓迎します。ありがとうございました。