人類と大自然の調和
李登輝
この歌劇は日本の伝統芸能である「能狂言」と台湾現地のテーマを結合して創作された、斬新で健康的な作品です。青少年のために作られた作品と標榜されていますが、物語の中の情感と事物は私たちの幼少時の想い出を呼び覚ましてくれます。この歌劇が内包する精神は、私たちのこの土地に対する深い思いを表現しています。そのため、大人にとっても同様に意義のあるものと言えるでしょう。
この歌劇を創作された曽道雄教授は、私の20数年来の友人です。私が台北市長を務めていた頃、初めて芸術祭を開催した際に、歌劇「浮士徳」を共に手がけたのが曽教授との出会いです。二、三十年にわたる歌劇運動に、曽教授は全心血を傾けて来られ、家内と私も曽教授の歌や指揮、講演などを何度も拝聴してきました。教学に於いても、実際の歌劇創作に於いても、曽教授の努力と実績は誰もが認めるところです。
「かかしと泥棒」と名付けられた童話のようなテーマは、人を惹き付けるものがあります。物語の中で表現される愛と思いやりの精神は、正に私が提唱し続けている「心の改革」の主旨そのものです。先ほど、舞台の上で声楽家によって歌われた「フォルモサ」も、私たちが生きているこの土地と祖国を純粋な心で愛し、守っていこうという心の声を歌ったものです。
私たちの国は、政治民主と経済繁栄の上で世界に誇ることのできる成果を挙げてきました。しかし、物質的な建設と精神文明の均衡的な発展は、今や私たちが追求し続ける目標となっています。自然と環境の保護と経済発展を如何に相矛盾させることなく進め、更には相互に補完させていくことこそが、21世紀に於ける全人類の共同の課題です。これは私たちの国にとっては特に切迫した問題です。人は天地の間で生存する最も合理的な境地とはどんなものかと、私は常日頃考えています。そして、その答えは「人と大自然との調和」なのだと考えます。今晩の「かかしと泥棒」の歌劇にも、その理想が込められています。それがこの青少年歌劇の尊いところでもあるのです。この歌劇が多くの場所で上演され、多くの青少年に観てもらえることを心から望みます。
最後に再度「かかしと泥棒」が成功裏に上演されることを祝福します。芸術家、作家および音楽家には、次世代を担う青少年のために健康的で素晴らしい作品をどんどん作っていただきたいと思います。事実、これこそが「心の改革」の出発点であり、若者たちを塵境から遠のけ、その人を愛することによってその人のすべてを愛する気持ちを持たせ、環境を大切にし、命を尊重する心により、「人類と大自然の調和」という理想の境地に一日も早く到達できることを望み、私のお祝いのご挨拶といたします。