「東北関東大震災」の震災処理と再建復興に関しての一私見
台湾元総統 李登輝
2011年3月15日
一、震災の現状と処理条件
日本観測史上最大の「東北関東大震災」の発生及び救済の現況を日本の諸テレビを通して詳しく見ることができました。
三月九日は午前十一時四十五分に宮城県北部で震度五弱の地震が観測され、これを受けて気象庁は青森県の太平洋沿岸と岩手県・宮城県・福島県に津波注意報を発令しましたが、東北地方の複数の企業の工場や発電所などは、いずれも影響はなかったようです。しかし2日後の三月十一日午後二時四十六分には強度八.八(後に九.0)の大地震が発生しました。この地震を受けて、十メートルもある津波や大規模な余震が続き、ビルや民家の崩壊、火災で、太平洋沿岸の諸都市が壊滅状態に陥り、更に東京電力会社の福島電子力発電所の一号機から四号機が継続的に爆発するに至り、放射線の放出による大規模な住民の避難退去が出されました。
このように、この度の東北関東大震災は、未曾有の三重事故の総合的な災害でした。この災害に対する救済と再建復興は非常に困難なものとなり、時間的にも長引く状態となる恐れがあります。
死傷者、行方不明者は数万人を超え、被災者は数十万にのぼる有様です。気候が寒く、交通は道路・鉄道の破壊により、停止状態となり、糧食供給までが困難になりました。電力も充分に供給できず、停電が続き、電話も通じず、住民は家族や親戚の安否を知るすべもありません。
以上が今回の災害が東北、関東地方にもたらした現状であります。この様な悪条件の下に震災処理、及び再建復興は難しく、中央政府と地方自治体は、かなり冷静且つ国民を愛する気持ちとリーダーシップを発揮しなければ、危機管理能力を発揮することは難しいものです。諸外国からこの度の震災の中で日本人のマナーは世界一だ、また困難の中に社会の秩序がよく保たれた日本文化の持つ品格と価値が国民の落ち着きや我慢強さで表現されていることを強く賞賛しています。
しかしながら、悪い条件の中に立派な国民がいても、中央政府や地方自治体で災害処理の方針がはっきり決められない現状では、国民が可哀想です。
二、災害処理、及び再建復興に関する私の見方
個人的経験から、この度の東北関東大震災における中央政府・地方自治体の処理方法や能力について私見を述べたいと思います。
1.この度の救災に中央政府は陸海空の自衛隊を活用しましたが、これは、神戸・大阪の大震災には採用しなかったもので、私は非常に適切な処置であると思っております。軍隊(日本は自衛隊)ほど指揮命令系統が明確な組織はありません。電力や通信が被災地では復旧していないため、大多数の被災者は政府の救災措置や正確な情報が伝えられないことで、不要な誤解を起こしやすいのです。メディアの報道には住民の権益に関する正しい情報を伝えるため、政府は官房長官による臨時報告を行っているようですが、これでは被災者に伝えられないことが多く、自衛隊の各震災救援指揮センターを通して広く公布する必要があると思います。
又地震や津波で生き埋めになったり、亡くなった方の救出と捜査を行う他、瓦礫の除去、仮設住宅の設置、援助物資の配給に至るまでの全てを自衛隊に頼らざるを得ない状況です。
第一段階における人命救助、更に遺体の処理問題を迅速に行う為には、法務省の検死官を被災地に、できるだけ早く派遣する必要があると思います。
2.地震発生後、一週間の内に、これらの作業が完成し終われば、第二段階は生存者の為の種々の措置がとられなければなりません。そのためには、中央が緊急命令を発布して、地方自治体が何事においても震災救援を最優先して実行に移すべきであると思います。緊急命令の内容と範囲は震災救援、及び今後の再建に限定し、被災地域の範囲の確定・被害状況の区分・救援物資の調整・土地の徴用・予算などに及び、全て現行の法令の制度を受けない様にする。その目的は国民の自由を保護し、民主政治を徹底的に遂行して、震災救援、及び再建を最も効率的に進め、政府に必要な措置をとらせることにあります。政府に大きな権限を与えてはいますが、それに応じて負うべき責任も重いのです。
3.テレビで見ていると、菅総理はヘリコプターに乗って被災地を空から眺めている場面がありました。これでは、この災害を解決し、復興にもってゆく強い態度が見られません。リーダーシップを発揮するには、自分だけでなく、自衛隊の幕僚長と官房長官を従え、ヘリコプターから降りて、災害地を一つ一つ見て廻り、被災者を慰問し、また地方自治体の指導者を交えて、救災措置及びその財政負担を聞き取ることが大切であり、また被災者が避難所で苦労したり、病院で苦しんでいる有様に強い思いやりの心を寄せる必要があります。
余震はしばらく続くでしょうが、あまりそれにはとらわれることなく、進行すべき処置は継続してやっていく必要があります。地震や津波で亡くなった方々の追悼式を宗教団体に委託して、迅速に行い、総理は国民を代表して犠牲者の冥福を祈るのが当たり前でしょう。原子力発電所の問題については、これを電力会社と原子力発電研究の専門家や学者に任せて、中央で緊急チームを作って、処理すべきであると思います。
4.次に大切なことは第三段階と言える再建、復興策を進んで行うべきであろうと思います。その外に、被災者の心のケアも軽視できない重要な課題です。住民を安心させるために、家屋鑑定作業を迅速に完成させなければなりません。一方、心のケアに関しては、その方面の専門の方々が被災地に赴き、被災者が悲惨な記憶から抜け出して、新たな人生を切り開く手助けをする必要があると思います。このほか、救済の一環として被災者に仕事を斡旋する方式(以工代帳)は、彼らの心のケアにも役立つので、政府や地方自治体はこれを立案し、実行されるべきであると思います。困難の中に国民が勇気と希望を失わずに、地震と津波によって破壊された町を、団結と努力で廃墟の上に美しい理想の町を創造する為に地域の公共事業や公共建設に住民が参加することが大切であると思います。
今回の災害で廃墟と化した多くの地域を再建することは、新たな町づくりと変わりません。再建の過程で、政府は大部分の資源を提供すべきですが、新しい町の主役である住民もまた主導的な力を発揮し、自治と互助のシステムを活用して意見をまとめ、地方文化の特色を持った理想の町造りを進めるべきであると思います。
日本政府の発表によれば、今回の震災の影響で今年度の経済成長は1%以上減少すると見られています。震災後の復興のための支出が膨大であることは間違いありません。中央政府の債務残高の対GDP比の高さでは、すでに財政の柔軟性は失われています。国債の日銀引き受けは必要な措置です。これも緊急命令の一環として処理するべきであると私は思います。
5.再建復興計画に対しては、災害区域の地質及び被害状態を地震と津波に分けて詳しく調査した上で、建築禁止及び制限の範囲を的確にし、復興計画のタイムテーブルと手順を定めることが肝心だと思います。公共工事・産業復興・生活再建及び町づくりを足並みそろえて推進することによって、建設と環境保全をともに重視する復興目標を達成することができると思います。
今回の津波による災害は甚大で、日本にとっても、このレベルの津波は初めての事です。この災害の分析と国土防衛の方法には特に力を入れて研究し、計画すべきであると思います。
日本家屋の木造建築は、建築管理法に全面的な再検討を加え、耐震、対津波基準を強化して、建築の質を高める必要があると考えます。
幹線道路に予備道路や代替道路が必要かどうかについては、適切な計画が必要でしょう。
住民の生活の再建は長期的なもので、短期的には効果が出にくいため、各関係機関は長期的計画を策定し、その執行状況を追跡調査する必要があります。
三. 終わりに
最後に、この度の東北関東大震災が人々に与えた恐怖は大きいものでした。しかしながら、日本文化にはぐくまれた日本人は、世界の人々から絶大な賞賛を受けました。私は日本の皆様に一言だけ、激励の言葉を述べて、私見を終わらせたいと思います。
再建はわれわれが傷痕から抜け出し、再生するための契機です。次の世代のために、永続的に発展する安全で平和な新しい日本が創造できることを心より願っております。